標準必須特許のライセンス交渉の手引き(要約)

私は知的財産管理技能検定1級を受けようかと思っているのですが、知的財産管理技能検定1級には標準必須特許関連の問題が結構出ます。
正直、会社で標準必須特許に関わる業務は全然やらないので、独自に勉強する必要があります。

知的財産管理技能検定1級のテキストがありませんので、経産省が出した「標準必須特許のライセンス交渉の手引き」を読みました。その内容について備忘録的に要点をまとめていきたいと思います。

https://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/sep_license/good-faith-negotiation-guidelines-for-SEPlicenses-ja.pdf

<用語まとめ>

①SEP(Standard Essential Patent):標準必須特許。無線通信の分野などにおける標準規格の実施に不可欠な特許。
②ホールドアップ:SEPを使用している事業者が、他の技術への乗換えが困難な状況において、特許権侵害に対する差止めの脅威から、不利なライセンス条件を強いられるという問題
③ホールドアウト:実施者側がSEPについては差止めが認められないだろうと見込んで、ライセンス交渉を拒否する、遅延するなど、誠実に対応しようとしない問題
④SSO(Standard Setting Organization):標準化団体
⑤FRAND(Fair, Reasonable And Non-Discriminatory)条件:SEPのライセンスが公平・合理的・非差別的となるような方針
⑥PAE (Patent Assertion Entity):事業を自ら実施せず保有する特許権の行使だけで収益を上げる主体
⑦クレームチャート:実際に製造されている製品と特許の請求項との対応関係の表
⑧パテントプール:複数の特許権者が保有する特許を一括で効率よくライセンスする仕組み
⑨ADR(Alternative Dispute Resolution):調停や仲裁などの裁判外紛争解決手続
⑩ASI(Anti-Suit Injunction):外国の裁判の結果や判決の執行がある国での訴訟に影響を及ぼすと認められた場合などに、その外国における訴訟の開始や継続、判決の執行を禁止する命令
⑪AASI(Anti-ASI):ASIを更に禁止する命令
⑫SSPPU(Smallest Salable Patent Practicing Unit):最小販売可能特許実施単位
⑬EMV(Entire Market Value):市場全体価値

各種内容 *箇条書き

・自分の保有する特許がSEPであると考える場合、SSOに対して宣言する必要がありますが、その際、実際には必須でない特許を含めて多めにSEPとして宣言する特許権者もいる。←SEPのロイヤルティが、ある標準規格に関するSEPの全件数に占める特定の特許権者の保有するSEPの件数の割合に応じて算出されるから。

・SSOは、特許権者が必須だと宣言した特許が、実際に必須であるかどうかや、標準の策定過程において仕様が変更されたことにより必須性が失われたかどうかについて確認しない。宣言された特許をリスト化する際に第三者の確認を経ることもない。

・PAEに対してはクロスライセンス等による解決が困難。

・「特許権者がライセンス交渉の申込みをする段階」で、クレームチャートの提供は特許権者が提供する情報として十分なものであると認めつつ、少なくとも当該事件においては義務的なものでないと判示。⇒クレームチャートを提示しないことで直ちに不誠実とは評価されない。

特許権者は、SSOに対し、FRAND条件でのライセンス供与を誓約する。国によっては、この誓約は、SSOと特許権者との間で契約としての拘束力を持つ。

・特許権者が支配的地位を濫用していると認められれば、競争法違反。

[ライセンス交渉の各段階]
1. 特許権者がライセンス交渉の申込みをする段階
2. 実施者がライセンスを受ける意思を表明するまでの段階
3. 特許権者がFRAND条件を具体的に提示する段階
4. 実施者がFRAND条件の具体的な対案を提示する段階
5. 特許権者による対案の拒否と裁判・ADRによる紛争解決

・特許権者が大量のSEPを保持している場合、当事者は、交渉プロセスを合理化するため、話し合って交渉の対象を代表的な特許に限定することがある。

・特許権者が、請求項の用語と標準規格書との対応関係やその解釈を機密情報と考え、クレームチャートを提示する条件として秘密保持契約の締結を求める傾向がある

・実施者が機密情報を含む詳細なクレームチャートの提示を特許権者に要求しながら、秘密保持契約の締結に一切応じないことは、不誠実と評価される方向に働く可能性がある。

[特許権者による以下のような行為は、不誠実と評価される方向に働く可能性がある]
(1)実施者に警告書を送付する前、送付してすぐに又は交渉を開始してすぐに、差止請求訴訟を提起する
(2) 実施者にライセンス交渉を申し込む際に、対象となるSEPや標準規格を特定する資料など、どのように侵害しているかを明示しない
(3)機密情報が含まれていないにもかかわらず、実施者が秘密保持契約を締結しない限り、請求項と標準規格や製品との対応関係を示す資料を実施者に提供できないと主張する
(4)検討のための合理的な期間を考慮しない期限を設定した申込みをする
(5)実施者に対し、ポートフォリオの内容(ポートフォリオがカバーする技術、特許件数、地域など)を開示しない

・特許権者からライセンス交渉の申込みを受けた実施者は、内容に異論がある場合であっても、当該申込みを放置せずに、特許権者に対して誠実に応答しておくことがリスクを軽減する。

・ライセンスを受ける意思は、言葉ではなく行動によって、すなわち単なる意思の表明ではなく実際の交渉態度によって評価されるべきという裁判例がある。

・特許権者からライセンス交渉の申込みを受けた実施者は、必須性や有効性、侵害の該当性についての議論が継続している場合であっても、こうした論点について争う権利を留保しつつ、速やかにライセンスを受ける意思を表明すべきだとする見解がある。他方、実施者がライセンスを受ける意思を表明する前に、まず当事者間で必須性や有効性、侵害の該当性について議論すべきであるという見解もある。

・ライセンス交渉を行っている特許権者と実施者が、必須性や有効性、侵害の該当性について、見解が一致せず、合意できないことがある。そのような場合、実施者は、これらの点について争う権利を放棄しないままライセンスを受ける意思を表明することができる

・ライセンス交渉の過程で対象特許の必須性・有効性・侵害該当性を争うことを留保することは、FRAND条件で誠実にライセンスを受ける意思を有する実施者であることを否定することにはならない

・Apple v. Samsung (日本、知財高裁、2014年) では、実施者であるAppleは対象製品が特許発明の技術的範囲に属しないこと及び特許無効の抗弁を主張していたが、Appleにはライセンスを受ける意思があるとされた。

実施者は、ライセンスを受けようとしている特許権について、次のような論点について争うことができる。
(1)特許が真に必須であるか
(2)特許が有効であるか
(3)実施者が特許を侵害しているか
(4)特許が権利行使可能なものか
(5)権利を行使している者が特許の真の保有者であるか
(6)特許が消尽していないものであるか

・対象となる特許の数が多く、実施者が当該技術について知見を有していないような場合であれば、数か月程度、あるいはそれ以上が合理的な期間と言える場合もある。例えば、SEPを実施している部品などが第三者から供給され、最終製品に用いられている場合においては、最終製品メーカーが実施者側の立場で交渉に関わっている場合、供給元である第三者から部品の技術的詳細情報を得ることが必要となり、より多くの時間がかかる場合もある。最初に実質的に応答するまでに時間を要する場合には、実施者が、特許権者にその旨を伝え、遅延行為と受け取られないようにその理由を具体的に示すことが、実施者にとってリスクを軽減すると考えられる。

実施者による以下のような行為は、不誠実と評価される方向に働く可能性がある。
(1)応答が非常に遅いことについての理由を説明せず、あるいは交渉に全く応じない
まま、特許を侵害している(又はその可能性がある)技術を使い続ける40
(2)SEPの必須性・有効性についての全ての根拠がそろわない限り交渉を開始しない
と主張する
(3)特許権者が他者との秘密保持契約があるため開示できないような情報を提供す
ることを執拗に求めることなどにより、交渉を遅延させる
(4)特許権者に対して、機密情報を含む詳細なクレーム解釈を有するクレームチャー
トを提供することを要求しながら、秘密保持契約の締結に一切応じない41、ある
いは秘密保持契約の条件修正を繰り返して交渉を遅延させる
(5)実質的に意味のない回答を繰り返す
(6)複数の他の実施者と結託して、他の実施者がライセンスを取得していないことをも
って、ライセンスの取得を頑なに拒む

・実施者が、特許権者から提示された資料が不十分であると評価したとしても、実施者がそれに対して何ら返答をしなければ、実施者が不誠実と評価される方向に働く可能性がある。このような場合、実施者は、少なくとも必要な参考資料を具体的に請求するなどによって、特許権者に対して応答することがリスクを軽減する。

特許権者による以下のような行為は、不誠実と評価される方向に働く可能性がある。
(1)FRAND条件を提示する前に、優位に交渉を進めることを目的として、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を表明した実施者に対して、差止請求訴訟を提起する
(2)交渉中にもかかわらず、FRAND条件によるライセンスを受ける意思を表明した実施者の取引相手に対して、差止請求権を行使する旨の警告書を送付する
(3)裁判例や比較可能なライセンス条件に照らして明らかに不合理なオファーを最初に提示し、交渉中もそのオファーに執着する
(4)ロイヤルティの算定方法やライセンスの提案がFRAND条件であることの説明をしない

実施者がFRAND条件の具体的な対案であることを説明する具体的な根拠
(1)実施者がどのようにロイヤルティを算出したのかについての説明(その条件がFRAND条件を満たしていることを、特許権者が客観的に理解することができるよう十分なもの)
(2)比較可能なライセンスが存在する場合には、当該ライセンスの一覧及びその条件(同等の技術について他社に支払い、又は他社から支払われているロイヤルティ、パテントプールによるロイヤルティなどを含む。秘密保持契約の条項に照らして、開示されることもされないこともある。

・ADR手続にはより柔軟性があるため、内外の多数の特許が対象となる、SEPを巡る紛争の早期解決に、より有効である。訴訟に比べ迅速かつ費用対効果が高いことがある。特に、国際仲裁は、ニューヨーク条約により、海外での仲裁判断の承認及び執行が行われるので、グローバルな一括解決に活用されることがある。一方で、ADRは紛争当事者の事前の合意を前提としているため、手続を巡る争いが長期化しうること、ADRでは特許権の有効性を判断することは困難であること、ADRの内容は非公開であるため透明性に欠けることがデメリット。

ADRの利用を拒み続けたことが、不誠実と判断される際の考慮要素の一つとされた場合もある

・欧州司法裁判所がHuawei対ZTE事件で示した枠組みでは、ライセンス契約締結の前にSEPを使用している場合、その対案が拒絶された時点から、被疑侵害者は、例えば、銀行保証の提供や必要額の供託などの手段によるなど、分野における商慣行に従って適切な担保を提供しなければならないとされ、また、その算定にはSEPを使用した過去の行為の数を含まなければならず、被疑侵害者は、その利用行為に係る会計報告も提供できなければならないとされた。これは、実施者がライセンス料を支払う意思があると強く主張していながら、支払わないまま特許を使うことは、矛盾しており不公平である、という考え方に基づく。こうした担保の提供は、誠実さの考慮要素になり得ますが、日本や米国など欧州以外の地域では担保の提供がなくても必ずしも不誠実と評価される方向に働くことにはならない

・実施者の交渉態度が不誠実である場合に、差止請求権の行使をすることは適切

・米国においては、eBay最高裁判決で示された差止めの要件やSSOに対するFRAND宣言が第三者に及ぼす契約上の効果の観点、英国においては、SSOに対するFRAND宣言が第三者に及ぼす契約上の効果の観点、欧州においては、支配的地位の濫用による競争法違反の観点 、日本では権利濫用の観点から、それぞれ差止請求権の行使が制限された裁判例がある。また、日本や欧州の競争当局は、FRAND条件でライセンスを受ける意思を有する者に対する差止請求権の行使は競争法違反となり得ることを示している。

[効率的な交渉の要素]
1. 交渉期間の通知
2. サプライチェーンにおける交渉の主体
3. 機密情報の保護
4. 交渉の対象とする特許の選択
5. ライセンス契約の地理的範囲
6. プールライセンス
7. SEPの透明性向上

交渉期間の目安を通知することは、その当事者が誠実に対応していると評価される方向に働く可能性があるという意見がある一方、交渉の期間を予想するのは困難な場合もあり、交渉期間の目安を通知しないことは、必ずしも、不誠実と評価されるものではないという意見もあります。

一般に、最終製品メーカー、部品メーカー、従属部品メーカーなど、サプライチェーンの中のどのレベルの主体を選んでライセンス契約の締結を目指すかは、まずは特許権者が決定する立場にある

・最終製品メーカーとライセンス交渉を行えば、製品に含まれる全ての部品を交渉対象とすることができ、その結果、必要な交渉の数を最小化し、交渉コストを削減できるとともに、サプライヤー間のライセンス条件の食い違いなどの問題を回避できる。

少数のサプライヤーが多数の最終製品メーカーに部品を供給している場合など、特許権者は、サプライヤーとライセンス交渉を行うことで、交渉の数を最小化することができるため、サプライヤーが交渉の当事者となることが最も効率的な場合がある。

・仮に最終製品メーカーが主体となって交渉したライセンス料が、部品価格に比べ過大であっても、サプライヤーは負担を求められる可能性がある。

・ASIを主張することで、裁判で不誠実と判断されたりする場合がある。

・ロイヤリティの二重取りを防ぐ仕組みを設けているパテントプールがある。

・SEPの必須性や有効性に関する透明性が向上することは、ライセンス交渉の効率性向上につながる。

・SSOがSEPに関する情報のデータベースを充実させ、広く提供することにより、特許権者はライセンス交渉の申込みやFRAND条件の提示がしやすくなる。

・SEPのロイヤルティは、標準が市場において広く採用される前(一般に「ex ante」(「事前の」という意味のラテン語)と呼ばれる。)における特許技術の価値のみを反映すべき、という見解がある。この見解は、技術が標準の一部を構成するものとして検討される場合、複数の技術的選択肢の中から選ばれるが、いったん標準に組み込まれれば、当該技術は標準に準拠する上で必要だから利用されるに過ぎないとの考え方に基づく。

・「ex ante」という考え方を採用すると、標準化による利益が、実施者のみに分配され、特許権者には分配されなくなるため、妥当でないとの考え方もある。

ここの「ex ante」の話が、一読しただけでは理解できませんでした。要は、「単独でも重要な特許A、単独では大したことのない特許Bが標準に組み込まれた際に、特許Aにも特許Bにも同様なロイヤリティを支払うのはおかしいのではないか。特許Aは価値があるが、特許Bは無価値であると判断する」ような見解だと解釈しました。
実施者は特許B分のロイヤリティを払わなくなるので、利益があるということですね。

・SSPPUを基礎とすべきという意見は、SEPの技術が最小販売可能特許実施単位である部品のみで使われているのであれば、SEPが貢献していると考えられる当該部品の価格を算定の基礎とすべきという考え方に立脚している。他方、EMVを基礎とすべきという意見は、SEPの技術が最終製品全体の機能に貢献し、製品に対する需要を牽引していると考え方に立脚してる。*「部品」の価格が “SSPPU”, サプライチェーン下流の「最終製品」の価格が “EMV”と想定される。

・ボトムアップ型のアプローチでは、比較可能なライセンスを参照して個々のSEPの価値を評価する。

ライセンスが比較可能であるかを判断するための要素として、裁判例や実務では、以下の観点が挙げられる。
(1)ライセンスが同一又は類似の特許に係るものであるかどうか
(2)ライセンスが関連性のない技術や他の製品を対象に含むかどうか
(3)ライセンスが類似の支払い形態をとっているかどうか(例えば、一括払いかランニング方式かなど)
(4)ライセンスの性質が排他性の面で同一かどうか
(5)類似の地域に適用されるものであるかどうか(例えば、地域を限定したものかグローバルなものであるかなど)
(6)ライセンスの条件が広く受け入れられているものであるかどうか
(7)ライセンスが訴訟の和解によるものか、通常の交渉によるものか
(8)ライセンスが十分に最近のものかどうか
(9)ライセンシーがバランスの取れた交渉を行える程度に交渉力を有していたかどうか

・FRAND条件の料率を決める上での参考として、同じ標準規格に係るパテントプールにおける料率と比較する方法がある。パテントプールのライセンス条件が比較可能なものであるかどうかを検討する際は、そのカバー率やライセンスの実績が考慮されることがある。パテントプールは、料率が多数の特許権者によって設定されているため二者間で交渉されるライセンスとは状況が異なる場合がある。分割出願を行うことでSEPの数を水増ししている特許権者もいることに注意する必要がある

・トップダウン型のアプローチとは、標準に係る全てのSEPの貢献が算定の基礎に占める割合を算出して適切な料率を定める方法

多数の特許権者が別個にロイヤルティを要求する場合、それらが累積し、標準を実施するためのコストが過度に高くなってしまうことがあり得る。この問題は「ロイヤルティ・スタッキング」(ロイヤルティの累積過剰)と呼ばれ、同じ標準に係るSEPを多数の特許権者が保有している場合に起こり得る

・トップダウン型のアプローチでは、標準に係る全てのSEPが貢献している範囲が料率の合計となるため、こうしたロイヤルティ・スタッキングを回避する上で有用であるという意見がある。こうした観点から、ボトムアップ型のアプローチを使う場合でも、併せてトップダウン型のアプローチによる算定を行い、ロイヤルティ・スタッキングが生じないかどうかをチェックすることが有益な場合もある。

・ロイヤルティ料率を受け入れたライセンシーの数が多いほど、そのロイヤルティ料率は確立されたものであり、FRANDであると主張しやすくなる

・ロイヤルティには、定率と定額の方式がある。定率は、製品全体の価格や部品の価格に対する割合の形で決められる。実施者は、市況により製品価格が変動する場合、常に製品の価格を把握しておく必要。定額は、製品価格の変動にかかわらず製品一個当たりのロイヤルティを一定の額とする方法。価格を把握する必要がない。

参考になる事件

①Huawei対ZTE事件(2018年)
②Sisvel対Haier事件(2020年)
③Apple対Samsung事件(2014年)

資料よりはだいぶ短くなりましたが、まだけっこう分量がありますね。

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